人生の後半に一枚の葉を思う

紅葉の季節。年齢と共に身近な自然や小さな生物に心動かされることが多くなってきた。今まで遠くばかり見て、気づかないでいたすぐそばにある植物。大自然の中でなく、コンクリートだらけの都会でもたくましく、したたかに、種としてのメカニズムを秘めて、ちゃんと生きている。そう考えると、落ち葉ひとつを目にしても何か愛おしさを感じる。

道を歩いて、ふと目にとまった一枚の落ち葉。その隣にも別の落ち葉。あるものは黄色く、あるものは赤く、あるものはグラデーションで、ところどこに茶色の腐食がある。その色づきは1枚1枚ちがっていて、まったく同じものはない。確か同じ道を初夏に通った時は緑の葉が生き生きと枝に揺れていた。その時の葉はみんなそっくり。どれがどれかの区別もない。その後数か月の間に風に吹かれ、雨に打たれ、虫に喰われ、人生ならぬ「葉生」をまっとう落ち葉たち。生まれた時はみな同じだったのに、それぞれ自然のアクシデントに遭い、キャリアを積んで個性あふれる唯一無二の葉になったのだ。そしてまた時間をかけてゆっくりと土に返っていく。そんな落ち葉1枚を手に取り「美しい」と私は思った。

  文・関千里 絵・田上千晶




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