眺めのいい部屋

北海道に転勤になった友人が新居の窓からの景色を写真に撮って送ってくれた。ガラス細工のような樹氷の向こうにゆったりと水を湛え、煌めく湖。マイナス20度の寒さは耐え難いと言うが、こんな風景に暮らしているのかと思うと心から羨ましい。窓からの眺め…その言葉でいつも思い出す部屋がある。‘社会人’もやっと軌道に乗ってきた20代、東京の暮らしを捨て、ひとりハワイに旅立った友人。便りには「仕事がない」「お金がない」そんなニュアンスの言葉が。一方東京での自分の暮らしは、深夜まで残業しながらも好きな服を買い、流行りのレストランへ繰り出す、そんな日々を努力しながら楽しんでいる、と思っていた。

ある時、思い立ってハワイへ。友人を説得して連れ戻せないか…との気持ちを抱いて。久しぶりに友人に会い、住まいであるシェアハウスへ案内された。シェアしている庭があるものの扉を開けてその狭さに驚いた。置き場がなく天井に吊るされたサーフボードの長さがほぼ部屋の長さ。「ここにほんとに住んでるの?」と、叫びそうになったが、部屋の奥の窓に目を移し、言葉を飲み込んだ。真四角の窓いっぱいに青緑の海と真っ青な空が広がっていた。他には何も見えない、まるで海と空を額縁に入れたような眺めだった。「すごい、きれい…」思わず声を漏らした。海岸沿いの小さな住まいは、まるで人の時の流れを断ち切った別天地。友人が選択した生き方は間違っていなかった。
 今、彼女は永住権を取得し、資格を持ったプロとして太平洋を跨いで活躍している。一方変わらず東京の風景に暮らす自分はあれからときどきあのハワイの窓辺から見た眺めを思い、そっと‘心呼吸’している。

 文・関千里 絵・田上千晶




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